エレベーター猫
エレベーター猫
以前住んでいたマンションでの話。ある日の夜、帰宅した私は、マンション入り口でじっとすわっている一匹の猫に出会った。警戒している様子がなかったので、頭を撫でてやったり、ノドをかいかいしてやったり、ちょっとだけ遊んでやった…そしたらその猫がなついてしまって、部屋に帰ろうとする私の後を、入り口からエレベーター乗り場までトコトコくっ付いて来てしまった。
しかも扉が開くと同時に中に入って、我がもの顔で居座った。抱えて外に出しても、すぐにエレベーターの中に戻ってしまう。しかたがないので、私はその猫を乗せたまま、自宅のある7階のボタンを押した。きっと腹がへっているのだろう。何か食べさせてあげたら、きっと満足して、元の場所に戻って行くだろうと思ったのだ。
ところが、7階に着いて扉が開くと、その猫は私よりも先に出て、まるで、さっきまでなついていたのはウソだったみたいに、実にそっけなく、隣の階段を降りて行った。
それから数日後の夜、1階のエレベーター乗り場で、小型犬を連れて散歩に出かけようとする人とすれ違った。そのすぐ後から、この前のエレベーター猫が、トコトコとくっ付いて出てきた。
なんか、とても面白い展開になりそうな気がして、エレベーターに乗るのも忘れて、その猫の様子に見入った。マンション入り口まで犬の後を付いて行ったあと、この前すわっていた場所に陣取ると、その犬と飼い主さんの姿が見えなくなるまで、見送るように見ていた。
後になって分かったのだが、犬の散歩に出かけた人は、エレベーター猫の飼い主さんで、散歩に出かける時は、必ずその猫も入り口までくっ付いて来ていた。しかも、飼い主さんが戻ってくるまで、じっと入り口で待っていたのだ。
しかし、時々待ちくたびれることがあって、そんな時は、マンションの住人のだれかが、エレベーターに乗るのを見計らって便乗し、飼い主さんの住む4階に戻っていた。
といっても、必ずしも4階で降りられるとはかぎらない。エレベーター猫は、5階以上で降りた場合は階段を使って4階まで降り、2階と3階で降りた場合は、やはり階段を降りて1階に戻り、ふたたびだれかがエレベーターに乗るのを待っていた。エレベーター猫は、なぜか階段を降りることは出来ても、のぼることが出来なかったのだ。
その後、私が引っ越すまでの数年間の間に、エレベーター猫といっしょに、エレベーターに乗ることがたびたびあった。そんな時は、エレベーター猫のご希望どおり、4階のボタンを押してあげた。
引っ越しまぎわに、また会った。
「元気でなっ!」って言ったら、「お前もなっ!」って、しっぽで応えてくれた…ような気がした。
突出しエッセイ